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Introduction作品紹介

『ラブレス』Loveless

1981年|アメリカ|カラー|82分|字幕翻訳:高橋文子

監督
キャスリン・ビグロー/モンティ・モンゴメリー
脚本
キャスリン・ビグロー/モンティ・モンゴメリー
撮影
ドイル・スミス
出演
ウィレム・デフォー、J・ドン・ファーガソン、マリン・カンター、ティナ・ロツキー

storyあらすじ

1959年のアメリカ南部の田舎町。刑務所あがりの流れ者のヴァンス(ウィレム・デフォー)は刑務所で知り合ったバイク乗りの仲間たちとバイクレースに向かおうとするが、仲間のバイクが故障してしまう。ダイナーで居合わせた地元客のガレージを借り、バイクが直るまで町で足止めを食うヴァンスたち。暇を持て余していた彼らの前に、赤いコルベットに乗った、顔に傷のある少女テレナ(マリン・カンター)が現れる。ヴァンスは酒を買いに行くと言い、テレナをドライブに誘い出すが……。ヴァンスたちの行動が、退屈な町の普通の一日を一変させていく。

about Movie本作について

キャスリン・ビグロー監督の長編映画デビュー作で、低予算のインディペンデント作品。1959年のアメリカ南部の閉鎖的な田舎町を舞台に、突然現れたヴァンスたちという異分子が、住民たちの平凡な日常に不穏な緊張感を漂わせていく様子が描かれる。本作は主人公ヴァンスを演じるウィレム・デフォーのデビュー作でもある。不良バイカー集団のリーダーとして強い男性像を演じながら、内面の動揺を繊細に演じた。凶暴性と繊細さを合わせ持ち、独特の色気を放つ(悪としての)キャラクターはその後のウィレム・デフォーの代表的な特徴の一つとなり、『ストリート・オブ・ファイヤー』(1984)や『L.A.大捜査線/狼たちの街』(1985)でも圧倒的な存在感を示すこととなった。町の娘テレナ役のマリン・カンターは鼻っ柱は強いがどこか影のある少女を好演。その後ロバート・ダウニー・Sr.監督のコメディ作品『ストレンジ・ピープル』(1990)への出演を最後に俳優を引退。本作は数少ない出演作の一つとなった。

about Director監督について

キャスリン・ビグロー

『ハート・ロッカー』(2008)で女性初のアカデミー賞監督賞を受賞。サンフランシスコ・アート・インスティテュートを卒業し当初は画家として活動していた。その後コロンビア大学芸術大学院で映画理論と批評を学び、在学中に製作した初監督作の短編映画『The Set-Up』(1978)は、当時教授であったミロス・フォアマンから高い評価を得た。現代アーティストと映画監督の二つの顔をもっていたビグロー監督にとって、本作『ラブレス』はアートの世界と映画製作のギャップを埋めるつなぎのようなものだったと後のインタビューで語っている。また、この頃にはGAPの広告モデルも務めた。『K-19』(2002)以降は自作品の制作も兼任し、J・C・チャンダー監督『トリプル・フロンティア』(2019)では製作総指揮として活躍している。プライベートではジェームズ・キャメロンと1989年に結婚するが、1991年に離婚。

モンティ・モンゴメリー

アメリカの映画監督・プロデューサー・俳優・脚本家。デヴィッド・リンチ監督『ワイルド・アット・ハート』(1990)、ジェーン・カンピオン監督の『ある貴婦人の肖像』(1996)のプロデューサーとして知られる。TVシリーズ『ツイン・ピークス』のパイロット版ではプロデューサーを務めたほか、『マルホランド・ドライブ』(2001)に俳優として出演した。

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キャスリン・ビグロー『ラブレス』
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オマージュについて

本作がオマージュを捧げたといわれる『乱暴者(あばれもの)』(1953)は、バイカームービーの聖典とされる作品。荒くれ者のバイカー集団がバイクレースを荒らして締め出され、たどり着いた田舎町で過ごす数日間を描いている。突然現れたバイカー集団に対し、町の住民たちは好奇の目を向けたり排除しようとしたりする。『ラブレス』と同じく、バイカー集団は異質な侵入者として存在する。マーロン・ブランド演じる主人公のバイカー集団のリーダーは、無口でクールなキャラクターで、『ラブレス』の主人公ヴァンス(ウィレム・デフォー)に通ずるものがある。視覚的な部分では、1950〜1960年代にアメリカのバイカーたちの間で流行した、長いもみあげ、黒レザーのライダースジャケット、バイカーキャップといったスタイルが両作の特徴的なイメージとなっている。

ビグロー監督作における女性像

ビグロー監督作は「男まさりな」や「女性監督が撮ったと思えない」といった批評をされることがしばしばある。たしかにビグロー監督作では男性中心の世界が主題になることが多い。『ブルースチール』(1990)、『デトロイト』(2017)の警察、『ゼロ・ダーク・サーティ』(2012)のCIA、『ハート・ロッカー』(2008)戦場、『K-19』(2002)の潜水艦、そして本作のバイカー集団など。銃や車、アクションシーンが多く見られるのも、そう言われる所以であるだろう。このような男性中心的、男性的なイメージが強い世界で生きるビグロー作品の女性たちは、男性に負けない精神的なタフさをもつ。彼女たちの強さは、作中の男性キャラクターたちがもつ肉体的・社会的な優位性との対比のなかで一際光る存在感を示し、見る者に強烈な印象を与えている。この特徴は『ブルースチール』や『ゼロ・ダーク・サーティ』で特に顕著に見られる。本作では少女テレナが、バイカー集団のリーダーであるヴァンスにも怯むことなく対等に接する姿が印象的だ。

女性監督ならではの視点

ビグロー監督作では、自信満々の男性キャラクター(主人公とは限らない)が、ある出来事をきっかけに自信を失い、判断を誤り、仲間が犠牲になり……というようなプロセスを経て、自分を取り戻していくという展開が、幾度も見られる。つまり単なる強いヒーローの物語ではなく、男性の内なる葛藤や心情変化を丁寧に描いているのだ。本作のヴァンスはバイカーファッションに身を包み、見るからに強い男性としてありながらも、内心の動揺が静かに描かれる、まさにビグロー的な男性である。このことからも分かるように、ビグロー監督はデビュー作から男性の外面的な強さと、内面的な弱さや繊細さを同時に映し出すことに意識的であったことが窺える。そこには、女性という立場だからこそ持ち得る、男性に対する客観的な視線が感じられる。

人種について

本作の時代設定である1959年は、公民権運動が広がりつつあり、『デトロイト』で描かれる状況につながっていく時代。そんな本作でビグロー監督の人種問題へのアプローチが見て取れるのが、地元の酒屋の場面だ。アフリカ系アメリカ人の店主に対して、テレナは今では考えられないような酷い発言をし、店に近寄ろうともしない。結局ヴァンスが一人で店に入り、無事酒を手に入れ、店を去る。その時にヴァンスが彼らにかけた言葉は、社会から疎外されたアウトサイダー同士だからこそ出たものに感じる。その後の監督作『ストレンジ・デイズ/1999年12月31日』(1995)や、実際にあった事件をベースとした社会派作品『デトロイト』でも描かれているように、ビグロー監督にとって人種問題は重要なテーマとなっていく。一見本筋に関連のないように思われるこの場面は、これらの作品への布石となっていたのかもしれない。

雰囲気について

ビグロー監督作は、『K-19』『ハート・ロッカー』『ゼロ・ダーク・サーティ』『デトロイト』など観客を惹きつける緊張感が魅力だ。本作でも、アメリカ南部の保守的な町に突然現れ、住民に不安をもたらすヴァンスたちと、彼らに対する住民たちの冷たい視線、さらには退屈を絵に描いたようなダイナーも合わさり、間延びした息苦しい緊張感が全編に漂っている。また、住民が不良のヴァンスたちを軽蔑する一方で、町では違法な取引、部外者への偏見、見えない暴力が日常的に行われている。一見平和に見えるものの、各シーンで町の闇が垣間見え、この町全体を覆う不穏な空気や危うさが感じられる。冒頭のダイナーでのシーンのハエの集ったプレートは、この街の状態を表しているようだ。

作品情報テキスト/はせがわなな

映画が大好きな会社員。大学時代、映画好きの友人に1日1本のルールを課されたことから次第に映画ファンになった。1960〜2000年代の洋画を中心に、お気に入りの作品やレアな作品のDVDを集めることが趣味。最近は、自宅の棚をプチDVDショップ化することにはまっており、休日はDVDハンティングと在庫管理に勤しむ。